読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

Bの響宴

リタイヤを迎えた親のための認知症予防プログラム - 「ひとまず家族でブログやります。」(B型一家ほぼ全員参加型企画)

映画「五日物語- 3つの王国と3人の女」&「ニューヨーク 眺めのいい部屋売ります」

f:id:b-kyoen:20170502151815p:plain

【※ネタバレ 映画のストーリーにも触れていますので、これからご覧になる方はくれぐれもご注意ください。】

さて、こちらベトナムも5月2日まで連休。

本日は南部開放日、5月1日はメーデー、2日は振替休日。

日本と休みが重なって、なんとなーくメンタルリラックス。
久しぶりに映画でも観ようと昨晩視聴した2本の作品「五日物語 -3つの王国と3人の女」「ニューヨーク 眺めのいい部屋売ります」についてちょっと触れてみる。

「五日物語 - 3つの王国と3人の女」

本作品を観る前にネットから仕入れた情報は、

  • 400年前に書かれた世界最初のおとぎ話
  • カンヌでグランプリを2度受賞した監督による作品
  • 映像美
  • ダーク・ファンタジー

というもの。

 

グリム童話などの原作は残酷な描写が多いことで知られているように、この手のストーリーはかつては珍しくなかったのだろうか。恐怖によって善を産み出すというような何とも表現し難い感じだが、起こってしまってからでは遅いからね。。これぐらい過激な表現を用いないと人間って愚かだからわからないのカモ。

本作品の監督は、元画家という経歴を持ち、過去二度に渡りカンヌ映画祭で審査員特別グランプリなる賞を受賞して いるイタリアの鬼才、マッテオ・ガローネ監督。
まさにイタリアの元画家、と言うか(そう言いながら「イタリアの元画家」っていうものを上手く説明する事は出来ないのだが 汗)、冒頭から映像に引き込まれたのは事実。過去に二度イタリアに行ったことがあるが、すっかり魅了された私にとって、どこもかしこも行く先々、視界に入るすべてが印象的だった。そんな感じ。

ラストシーンまで一貫して色彩のコントラストに魅了されたし、とにかく視覚に訴える色、登場人物同士のバランス等々、四角い画面の隅々まで妥協は一切無しという感じ。勿論、監督さんにしてみれば至極当然の事だろうが、個人的にはその辺りが一際色濃く感じられた作品のような気がする。

物語はタイトル通り、3つの王国とそれぞれの国で生きる3人の女、具体的には「王妃」と「王女」と一般市民だった「老姉妹」のお話。
公式サイトには「それは、残酷なまでの女の性(さが)」、「母となることを追い求め、若さと美貌を熱望し、まだ見ぬ世界に憧れる」などの文字が並び、つまりはそれらが皮肉な運命を引き寄せることに繋がったということなのだろうが、実際に映画を観ると、これらのフレーズはあくまでも興味喚起に繋げるために用意された文言だなという印象。女の性なんてものをもっと超えたところにあるような作品だった。

 

「王妃」の話は、簡単に言うと息子を溺愛し過ぎた不憫な母親の話に思えた。(そして、子宝に恵まれない王妃の願いを叶えんがために海の怪物と戦い命を落としたにもかかわらず、王妃から涙の一滴すら流して貰えず、思い切り同情せざるを得なかった気の毒な旦那(王様)の話)。
欲しい物を手に入れるためには相応の代償が伴うという、このお話のキーともいえるフレーズが繰り返し出てくるのだが、それにしたって王妃を溺愛する旦那がかわいそうすぎた(涙)。あんなチンケな武装で海の怪物をやっつけにいったのに・・・俺、本当は行きたくないんだよね、って顔してたし・・・完全に子供を得るためのツールで終わってしまった男。
まあ、そのツケは王妃に回ってきたけれども。
ただ、何となく救われない気持ちになるのは、誰も悪者扱い出来ないからかなあ。王妃も含めて。何ともうら寂しい気持ちになる話であった。

時には妥協も必要だね。そして、贅沢をさせてくれる旦那は大切にしよう。逆に、生活費を稼いでくる女房も大切にしないといけない。世の中なんでも自分の望む筋書き通りにはいかないのだ。そんなうまい話などある訳がない。

別の国の「王女」の話はどうかというと、これはもう親父(王様)がヒドイ。最低。
「子は親を選べない」という話(あくまでも主観)。
この話を観た後、何故だか私は、近年になってよく聞かれるようになった親から続く貧困のスパイラルのことを思い出した。

私はごく身近に、親が貧困だから子供のうちは貧困でも、それを自分の力で断ち切る事は必ず出来ると言い、実際その通りにしてきた人がいる。
ラストシーン、王女が戴冠式で見上げた広間の天井は円形にくり抜かれており、そこには命綱なしで綱渡りをする男の姿があった。彼の向こうに丸く切り取られた青い空。切り取られた空は、実際には果てしなく広がっている。

そして、そのシーンを観た瞬間、先に述べた負のスパイラルのことがふと頭に浮かんだ。
(因みにこのサイテー親父(王様)と王女の話が一番面白かった。)

残りの国のお話は、ひっそりと身を寄せ合うように暮らす老姉妹と女好きな王様の話。いつでもお姉ちゃんと一緒に居たい気弱そうな妹の末路が不憫過ぎて、むちゃくちゃ後味の悪い話だった(個人的に)。
妹は貧しくとも今の暮らしに不満を持っている風でもなく、ただただお姉ちゃんと一緒に居たい、それだけだったのだ。なのに、なんでああなるかなあ・・・
最終的に姉の方も気の毒な末路を予見する映像で終わるが、姉自身、悪人という訳ではない。妹を見捨てるつもりも無く、(助けてくれた不可思議な老婆の母乳?で若返り、あれやこれやあった後)二人そろって脱・貧困、これからは贅沢三昧!うまくやっていこうよ!と思っていたのだが、分離不安な妹にとっては、姉と離れる事自体が最大にして唯一の不幸のようであった。妹には姉の思いが伝わらず、姉には妹の思いが伝わらない。

まあでも、そもそも事の発端はお姉ちゃんのとんでもない行き当たりばったり行動。それに妹が巻き込まれてしまった感じなので、やっぱり不憫でならないな。
村上春樹1Q84に出ていた牛河さんの最期を読んだ後に感じてしまった救いの無いやるせなさというか、やり場のない地味な怒りというか、、、とても嫌な気分がした。
ああもう一番思い出したくないお話だけれど、たぶん一番記憶に残ってしまいそう・・・
自分は良かれと思っていても、それが他の人を幸せにするとは限らない。これは本当にあるある。


とまあ、老いた姉妹の話も含めて非常に興味深い作品ではあった。
まずは映像に引き込まれ、え?え?え?という展開に持っていかれ、老いた妹の話でげんなりし、ラストシーンで何となく救われたかなという感じ。

観る方によって千差万別、様々な表情を持つ作品だろうと思う。 

「ニューヨーク 眺めのいい部屋売ります」

モーガン・フリーマンと(個人的に大好きな)ダイアン・キートンという超ベテラン俳優が夫婦役で初共演という本作品。二人の夫婦役は、とーっても良かったー💛
この手のストーリーでダイアン・キートンが演じる女性ってだいたいこんな感じだなーという女性なのだが(←好き)、モーガン・フリーマンと一緒に居るダイアン・キートンは無性にキュートに見えた。もうホントに可愛い奥さん。
そして、二人が溺愛する小型わんこのドロシーがまたこの上なく愛くるしい。教師であった妻の退職をお祝いする日、(現在はあまり売れていないらしい)画家の夫が妻に贈ったもの・・それがドロシー。今では10歳だ。

モーガン演じる黒人の夫とダイアン演じる白人の妻。この二人が一緒になった頃、世間にはまだ人種差別が色濃く残っていた。妻は両親にも姉にも祝福して貰えなかったけれど二人は一緒になった。若くてお金の無い二人は、当時治安も悪く、貧困層が多かったニューヨークのブルックリンにアパートメントを買った。(6階建てのアパートメントの最上階。眺めが良く、屋上でミニ菜園も出来る。)

この地に住んで40年、今やブルックリンはすっかりお洒落なエリアに変わってしまい、不動産相場も彼らが買った時とは雲泥の差。彼らの住まいも 100万ドルで販売可能な物件だ。そんな住まいを二人はとても気に入っているのだが、一つだけ問題があった。

それは階段が無い事。

冒頭、夫とドロシーが散歩から帰宅し、息を切らしながら階段を上り切るシーンがある。そんな老いた夫の身を案じた妻は、現在の住まいを売却し、別の場所へ移ることを決意。気乗りしない夫を尻目に姪で不動産エージェントをしているリリーのアシストの下、明日はいよいよ内覧会を催すことに。

バタバタと準備をしている最中、近所の大きな鉄橋でテロではないかといわれる事件が発生。さらにドロシーの具合が急に悪くなり緊急入院。

物語は二人の自宅販売と新しい物件探し、テロではないかと言われる事件、ドロシーの治療といったエピソードが絡み合いながら進んでいく。

モーガン・フリーマンダイアン・キートンの軽妙な掛け合いがリズミカルで小気味よい。そしてわんこ好きにはたまらない、ドロシーが絡んでくるシーン。内覧会で会った母娘との交流(主に娘とモーガン演じる夫との交流。)。少女の母親は、買う気もないのにあちこちの内覧会に行っては他人の家のベッドでくつろぐという妙な行動を続けているようだ。そして、そんな母にいつも付き合い、待っている可愛いらしい娘。

テロらしき事件の容疑者として拘束されるイスラム系の青年、それを見て思わず夫が発する言葉・・・

様々なシーンを思い出す。

ところで妻の姪のリリー役は、「セックス・アンド・ザ・シティ」のミランダ役でお馴染みシンシア・ニクソンが務めた。これがもう当たり役な感じ(笑)モーガン演じる夫曰く、「よく喋る女」でミランダを彷彿とさせる。圧倒的存在感を放つ二人との絡みでもまったく引けを取らず、「よく喋る」バリバリのエージェントをきっちりこなし、目まぐるしい時代で活躍する世代とシニアライフを送る二人の対比がより鮮明に感じられたように思う。

この夫婦が素敵だなと感じたところは、意見の食い違いがあっても妻は必ず夫に意見を求め、そして、夫も妻の思いを慮り、同意出来ずとも最大限妥協する。妻は出会った日から今日まで(そしてきっとこれからも)画家である夫の最大の支持者。夫がいきり立てば、体面など気にせず仲裁役になろうともせず、必ず夫の味方にまわる。(夫婦に限定せず)家族、友、、、長い年月をかけてでもこういう繋がりを培い、得られたらいいなと思った。

観終わって心に感じたことは、「私」が生きている限り「私が生きる今日」も呼吸をして生きていて、そして「私が生きる今日」は決して「私」とイコールではないが、10年後も20年後も変わらず、今と同じくイコールではない状態のまま「私」も「私が生きる今日」も生きているんだろうなあ、という、、、ちょっとよく分からないややこしい内容で申し訳ないが、そんな事だった。

うちの母がさくっと観るのに打ってつけの作品だと思ったので、母におススメの逸品です。

ダイアン・キートンのベレー帽姿が可愛かったよ~(*´ω`σ)

Author B3

Copyright © 2015 BBB All Rights Reserved.